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Endoscopist Doctor's Knowledge
通勤中などに急に腹痛や下痢が起きる過敏性腸症候群。これまでも、仕事などによる精神的なストレスなどが腸に影響を与えていることが知られていました。しかし近年、脳から腸に向けてだけでなく、逆に腸のほうから脳へさまざまな司令を出し、影響を与えていることが分かってきました。今回は脳と腸が双方向で影響し合っているという「脳腸相関(のうちょうそうかん)」のメカニズムや、腸の乱れで起こるさまざまな不調や病気、また乱れを整える方法をお伝えします。
近年、腸は食べ物を消化して栄養を吸収する消化器官としての役割だけでなく、免疫、ホルモンの分泌、そして神経とも密接に関係していることが分かってきました。
腸には、口から食べ物と一緒に入った病原体が侵入するのを防ぐために、体全体の約60%もの免疫細胞が集まっています(※1)。また、健康な体を維持するためのホルモンが、腸管内にある細胞から分泌されています。さらに腸には腸管神経系という、ヒトの身長の数倍もの長さの腸全体に張り巡らされた神経のネットワークがあります。腸管神経系は、脳からの指令がなくても腸の働きを調整できるので、腸が「第二の脳」と呼ばれる由縁にもなっています(※2)。この腸管神経系が感知した情報は、タンパク質や、ホルモンといったいろいろな物質を介して、脳へも伝達されています。
このように、脳と腸は双方向で密接にかかわっていて、「脳腸相関」と呼ばれ注目されています(※3)。
脳腸相関が関わる代表的な病気として、過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome :IBS)があります。過敏性腸症候群は、腸に炎症や腫瘍などのはっきりした病気や異常がないにもかかわらず、下痢や便秘、腹痛、おなかの張りといった症状が出ることをいいます。
たとえば仕事中、緊張する会議の前などに、急な腹痛や下痢に悩まされる方もいるのではないでしょうか。過敏性腸症候群には体や心のストレスが大きく関わっていて、脳から発信されたストレスの信号が腸の動きの異常を引き起こし、逆に腸からの情報が脳に伝わって、痛み感覚の異常を引き起こす相互関係にあるためだと考えられています(※4)。
さらに、こうした脳と腸の関連には、私たちの腸内にいる腸内細菌が関わっているのではないか、ということも分かってきました。あるマウスを用いた実験で、腸内細菌のまったくないマウスは通常のマウスに比べてストレスに弱く、その後、腸内細菌のないマウスに通常の腸内細菌を移植すると正常になったそうです(※5)。
過敏性腸症候群の人は、腸内細菌のバランスが崩れて悪玉菌が通常より増えていることも知られており、脳腸相関には腸内細菌が関わっていることが示唆されています。
近年は「腸活」という言葉が一般的になり、おなかの調子を良くするために、ヨーグルトや発酵食品を食べるという方も増えてきました。
しかし、これまで見てきたように、腸と脳が影響し合っていることから、腸内細菌の状態は、消化器の病気だけでなくメンタルの病気にも関係しているのではないかと考えられるようになってきました。例えば、腸内細菌を持たない無菌のマウスに、うつ病患者さんの腸内細菌を移植したところ、そのマウスもうつ病を発症したそうです(※6)。
また、うつ病などの精神疾患だけでなく、神経の病気、特に認知症においても腸内細菌が影響しているという研究もあります。健康な人と、アルツハイマー型認知症の人の腸内環境を比較したところ、両者の腸内細菌の内訳が大きく違っており、健康な人はバクテロイデスという特定のタイプの菌が多かったのに対し、認知症の患者さんではその他の不明な菌が多かったそうです(※7)。
腸の病気だけでなく、アトピー性皮膚炎などの自己免疫疾患や肥満、動脈硬化といった代謝系の病気、さらにはうつ病やアルツハイマー型認知症などの精神・神経系の病気まで、腸内細菌や脳腸相関はさまざまな病気に関わっている可能性があります。
■腸内細菌と関係が深い病気
精神・神経系 |
精神系 ・うつ病 ・統合失調症 ・双極性障害 など |
---|---|
神経系 ・パーキンソン病 ・アルツハイマー型認知症 など |
|
消化器系 |
炎症性腸疾患 ・潰瘍性大腸炎 ・クローン病 |
機能性消化管障害 ・過敏性腸症候群 ・機能性ディスペプシア など |
|
代謝系 |
・肥満 ・動脈硬化 ・2型糖尿病 など |
自己免疫疾患 |
・1型糖尿病 ・関節リウマチ ・アトピー性皮膚炎 など |
本郷道夫.腸内細菌と精神神経疾患からみる腸脳相関.心身医.2022,62(6),451-457.
Fig.1を参考に作成
腸内細菌叢(腸内フローラ)や脳腸相関が注目される中、メンタルヘルスの改善を目的としたプロバイオティクスやプレバイオティクスが、「サイコバイオティクス(psychobiotics)」と呼ばれて注目されています。
プロバイオティクスとは、腸内細菌のバランスを良くして健康に役立つ微生物(菌など)を積極的にとること。一方、プレバイオティクスは、便の排出を促したり善玉菌のえさになる食品を積極的にとることで、腸の中で良い菌を増やし、腸内細菌のバランスを改善することにつながります。
腸内細菌叢に良い影響を与える善玉菌である乳酸菌、ビフィズス菌を積極的にとるには、乳酸菌を多く含むヨーグルトやチーズ、味噌、納豆などの発酵食品を積極的に食べることです。和食には発酵食品が多くおすすめです。
実は腸内で善玉菌を増やすには、生きた菌だけでなく、死んだ菌に含まれる菌体成分が効果を発揮します。仮に生きた乳酸菌を摂取したとしても胃酸などで死んでしまうため、生きたまま腸にはほとんど届きません。乳酸菌をとるのに、生きた乳酸菌にこだわる必要はないのです。
また、乳酸菌はできるだけ数を多く摂取することがポイントです。腸内には100兆個もの細菌が棲息しています。一方、ヨーグルト100mlを食べたとしても含まれる乳酸菌は10億個程度で、腸内細菌全体に与える影響はごくわずかです。十分な量の乳酸菌をヨーグルトで取ろうとするとバケツ何杯分も食べないといけないので、現実的ではありません。手軽に大量の乳酸菌をとるために、乳酸菌を多く含むサプリメントを利用するのもおすすめです。
腸内で善玉菌のえさになるのは、腸内で消化されにくい食物繊維やオリゴ糖です。食物繊維は便の排出を促して悪玉菌を減らし、腸内環境を良い状態にすることが期待できます。食物繊維は豆類や根菜、きのこ、海藻などに多く含まれます。また、白米や小麦は精製されて食物繊維が取り除かれていますので、玄米や全粒粉を使ったパンをとれば、食物繊維をしっかりとることができます。
そのほかにも、納豆や豆腐、味噌、しょうゆなどの大豆製品やヨーグルト、チーズなどの乳製品には、トリプトファンという成分が多く含まれています。トリプトファンは、脳に良い影響を与える「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンを作り出すのに必要な物質と言われています(※8)。トリプトファンは体内で作ることができないため食事からとる必要がありますが、こうした発酵食品は乳酸菌とトリプトファンを同時にとることができ、腸や脳にも良い影響を与えると考えられます。
腸の健康が脳の健康やメンタルヘルスにも影響を与える、というのは意外だったのではないでしょうか?脳腸相関の研究は比較的新しく、まだまだわからないことも多い分野ですが、脳と腸、そして腸内細菌の関係が少しずつ明らかにされています。
さまざまなところで私たちの健康に影響している腸内環境。全身の健康のためにも、まずは「腸の健康」を意識してみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
1)公益財団法人 腸内細菌学会 用語集「腸管免疫(gut immunity)」
2)独立行政法人理化学研究所「『第二の脳』と呼ばれる腸管神経系が形成される機構をマウスで解明」
3)公益財団法人 腸内細菌学会 用語集「脳腸相関(brain-gut interaction)」
4) 福土審 他. 過敏性腸症候群における脳腸相関の病態. 心身医学. 1999, 39(2), 159-166.
5)N. Sudo et al. Postnatal microbial colonization programs the hypothalamic-pituitary-adrenal system for stress response in mice. J Physiol. 2004, 558, 263‒275.
6)P. Zheng et al. Gut microbiome remodeling induces depressive-like behaviors through a pathway mediated by the host’s metabolism. Mol Psychiatry. 2016, 21, 786‒796
7)Naoki.Saji et al. Analysis of the relationship between the gut microbiome and dementia: a cross-sectional study conducted in Japan. Nature Scientific reports
Article number: 1008 (2019)
8) 厚生労働省e-ヘルスネット セロトニン